東京地方裁判所 昭和29年(ワ)7777号 判決 1970年10月27日
原告 日本シルク株式会社 外二名
被告 株式会社埼玉銀行 外四名
被告兼引受参加人 高崎市
引受参加人 遠藤文夫 外三九名
主文
原告らの各請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の申立
一、原告らの申立
1 被告株式会社埼玉銀行(以下「被告銀行」という)は、
原告日本シルク株式会社(以下「原告日本シルク」という)に対し、三光蚕糸株式会社(埼玉製糸株式会社)高崎工場財団につき、前橋地方法務局高崎支局昭和二六年五月一七日受付第一五四三号をもつて経由した根抵当権設定登記および同支局昭和二八年一〇月二日受付第四〇八八号をもつて経由した根抵当権設定登記、別紙<省略>第三五号土地目録記載の土地および第三号建物目録記載の建物につき、浦和地方法務局児玉出張所昭和二六年六月二日受付第八九三号をもつて経由した根抵当権設定登記、
原告日本ドレス株式会社(旧日本服飾工業株式会社(以下便宜「原告日本服飾」という)に対し、別紙第一号物件目録記載の物件につき、前橋地方法務局鬼石出張所昭和二六年二月二一日受付第二二号をもつて経由した根抵当権設定登記、
原告株式会社橘館製糸所(以下「原告橘館製糸所」という)に対し、別紙第二一号ないし第三四号土地目録記載の土地および第二号建物目録記載の建物(但し、家屋番号台町二三二番の三、木造瓦葺平家建発電所一二坪および◎印の付したものは除く)につき、浦和地方法務局本庄出張所昭和二六年五月四日受付第三七七号をもつて経由した根抵当権設定登記および同出張所昭和二七年九月一七日受付第一八三一号をもつて経由した根抵当権設定登記、
の各抹消登記手続をせよ。
2 被告埼玉繊維工業株式会社(以下「被告埼玉繊維」という)は、
原告日本シルクに対し、前記高崎工場財団につき、前橋地方法務局高崎支局昭和二五年六月二四日受付第二七〇八号をもつて経由した所有権移転登記、同支局同年七月五日受付にかかる表題部変更登記、同支局昭和二六年五月一七日受付にかかる表題部変更登記、同支局昭和二八年六月五日受付第二一二四号をもつてした財団目録記載変更の工場財団変更登記および同支局同日受付第二一二五号をもつてした財団組成物件の一部を分離する工場財団変更登記、別紙第一号ないし第二〇号土地目録記載の土地および第一号建物目録記載の建物につき、同支局昭和二五年七月七日受付第二九〇九号をもつて経由した所有権移転登記、別紙第三五号土地目録記載の土地および第三号建物目録記載の建物につき、浦和地方法務局児玉出張所昭和二五年六月二七日受付第二一四四号をもつて経由した所有権移転登記、
原告橘館製糸所に対し、別紙第二一号ないし第三四号土地目録記載の土地および第二号建物目録記載の建物につき、同法務局本庄出張所昭和二五年六月二七日受付第二〇三七号(ただし、家屋番号台町二三二番の二附属建物二八号、および同二の(ハ)は同年七月二九日受付第二二八〇号、同二三二番の三は昭和二七年八月一五日受付第一二二四号)をもつて経由した所有権移転登記、
の各抹消登記手続をせよ。
3 被告武州商事株式会社(以下「被告武州商事」という)は、
原告日本服飾に対し、別紙第一号物件目録記載の物件につき、前橋地方法務局鬼石出張所昭和二五年七月二二日受付第四二一号をもつて経由した所有権移転登記、別紙第二号物件目録記載の物件につき、同法務局万場出張所昭和二五年七月二二日受付第二三〇号をもつて経由した所有権移転登記、
の各抹消登記手続をせよ。
4 被告兼引受参加人高崎市は、原告日本シルクに対し、別紙第二号土地目録記載の土地につき、前橋地方法務局高崎支局昭和二八年六月一三日受付第二二五五号をもつて経由した所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
5 被告中小企業金融公庫は、原告日本服飾に対し、別紙第二号物件目録記載の物件につき、同法務局万場出張所昭和二八年四月一三日受付第二三三号をもつて経由した抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
6 被告南毛シルク株式会社は、原告日本服飾に対し、第二号物件目録記載の物件につき同出張所昭和二七年一〇月一八日受付第五八六号をもつて経由した所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
7 被告埼玉繊維は、原告日本シルクに対し、別紙第一号および第三号建物目録記載の建物を明渡し、同第一号設備目録記載(二)および第二号設備目録記載の各物件を引渡し、かつ同第四号建物目録記載の建物を収去して同第一号土地目録記載の土地を、また同第六号建物目録記載の建物を収去して同第三五号土地目録記載の土地を各明渡せ。
8 被告埼玉繊維は、原告橘館製糸所に対し、別紙第二号建物目録記載の建物を明渡し、かつ同第五号建物目録記載の建物を収去して同第二一号土地目録記載の土地を明渡し、別紙第一号設備目録記載(一)の物件を引渡せ。
9 被告武州商事は、原告日本服飾に対し、別紙第一号物件目録記載の物件を引渡せ。
10 被告南毛シルク株式会社は、原告日本服飾に対し別紙第二号物件目録記載の物件を引渡せ。
11 原告日本シルクに対し、
被告兼引受参加人高崎市は、別紙第二、第三号土地目録記載の土地、
引受参加人吉田貞雄、同古久松木材株式会社、同桑原準一、同宇敷慶吉、同永井岩八、同宮川三喜哉、同小林元吉、同中島正三、同吉田裕圀、同吉田兼造、および同牧野勇は、同第四号土地目録記載の土地、同木島博は、同第五号土地目録記載の土地、同南宇一は、同第六号土地目録記載の土地、
同須田トヨは、同第七号土地目録記載の土地、
同佐藤量平は、同第八号土地目録記載の土地、
同株式会社庭田商店は、同第九号土地目録記載の土地、
同養田晶は、同第一〇号土地目録記載の土地、
同安藤賢一は、同第一一号土地目録記載の土地、
同高岡製糸株式会社は、同第一二号土地目録記載の土地、
同遠藤文夫は、同第一三号土地目録記載の土地、
同須藤久雄は、同第一四号土地目録記載の土地、
同安田柳太郎は、同第一五号土地目録記載の土地、
同株式会社中島電機製作所は、同第一六号土地目録記載の土地、
同関東製酪株式会社は、同第一七号土地目録記載の土地、
同高崎機械工業協同組合は、同第一八号土地目録記載の土地、
同赤尾幸市は、同第一九号土地目録記載の土地、
同静野包雄は、同第二〇号土地目録記載の土地、
をそれぞれ引渡せ。
12 原告橘館製糸に対し、
引受参加人本庄市は、別紙第二二号土地目録記載の土地、
同田辺信義は、同第二三号土地目録記載の土地、
同小久保益造は、同第二四号土地目録記載の土地、
同矢代政次郎は、同第二五号土地目録記載の土地、
同浅見忠雄は、同第二六号土地目録記載の土地、
同島田政太郎は、同第二七号土地目録記載の土地、
同河野嘉徳は、同第二八号土地目録記載の土地、
同小沢ミワ子は、同第二九号土地目録記載の土地、
同堀川信一は、同第三〇号土地目録記載の土地、
同本庄酪農業協同組合は、同第三一号土地目録記載の土地、
同宮永一郎は、同第三二号土地目録記載の土地、
同儘田民蔵は、同第三三号土地目録記載の土地、
同入昭一は、同第三四号土地目録記載の土地、
をそれぞれ引渡せ。
13 被告銀行と同埼玉繊維は、各自原告日本シルクに対し、
(一) 金一億二三二〇万円およびこれに対する昭和三〇年二月一七日から完済まで年五分の割合による金員、
(二) 昭和二九年七月一日から同年一二月末日まで一か月金七万一四五八円、同三〇年一月一日から同三一年一二月末日まで一か月金三五万七六六一円、同三二年一月一日から同三七年一二月末日まで一か月金四四万八〇〇〇円、同三八年一月一日から同四三年六月末日まで一か月金九二万四〇〇〇円、同年七月一日から別紙第一号建物目録記載の建物および同第一号土地目録記載の土地の明渡と同第二号ないし第二〇号土地目録記載の土地の引渡が完了するまで一か月金三七〇万二五〇〇円の各割合による金員、
(三) 昭和二九年七月一日から同年一二月末日まで一か月金四八二〇円、同三〇年一月一日から同三一年一二月末日まで一か月金一万四四六二円、同三二年一月一日から同三七年一二月末日まで一か月金一万九八〇〇円、同三八年一月一日から同四三年六月末日まで一か月金三万二二〇〇円、同年七月一日から別紙第三号建物目録(一)記載の建物および同第三五号土地目録(一)記載の土地の各明渡済まで一か月金九万七〇〇〇円の各割合による金員、
(四) 昭和二九年七月一日から同年一二月末日まで一か月金一五八〇円、同三〇年一月一日から同三一年一二月末日まで一か月金二八四四円、同三二年一月一日から同三七年一二月末日まで一か月金三九〇〇円、同三八年一月一日から同四三年六月末日まで一か月金六七〇〇円、同年七月一日から別紙第三号建物目録(二)記載の建物および同第三五号土地目録(二)記載の土地の各明渡済まで一か月金一万五八〇〇円の各割合による金員、
を支払え。
14 被告銀行と同埼玉繊維は、各自原告橘館製糸所に対し、
(一) 金三九〇〇万円およびこれに対する昭和三〇年二月一七日から完済まで年五分の割合による金員、
(二) 昭和二九年七月一日から同年一二月末日まで一か月金二万七四六〇円、同三〇年一月一日から同三一年一二月末日まで一か月金一〇万九二七一円、同三二年一月一日から同三七年一二月末日まで一か月金一三万五〇〇〇円、同三八年一月一日から同四三年六月末日まで一か月金五五万一〇〇〇円、同年七月一日から別紙第二号建物目録記載の建物および第二一号土地目録記載の土地の各明渡ならびに同第二二号ないし第三四号土地目録記載の土地の引渡が完了するまで一か月金一九〇万七〇〇〇円の各割合による金員、
を支払え。
15 被告銀行と同武州商事は、各自原告日本服飾に対し、
(一) 金四八万円およびこれに対する昭和二九年八月二七日から完済まで年五分の割合による金員、
(二) 昭和二九年七月一日から別紙第一号物件目録記載の物件引渡済まで一か月金一万円の割合による金員、
(三) 金一九二万円およびこれに対する昭和二九年八月二七日から完済まで年五分の割合による金員、
(四) 昭和二九年七月一日から同年一二月末日まで一か月金二五七二円、同三〇年一月一日から同三一年一二月末日まで一か月金五一三二円、同三二年一月一日から同三七年一二月末日まで一か月金六二八〇円、同三八年一月一日から同四三年六月末日まで一か月金一万三三〇〇円、同年七月一日から別紙第二号物件目録記載の物件の引渡済まで一か月金六万四〇〇〇円の各割合による金員、
を支払え。
16 訴訟費用は、被告らの負担とする。
との判決ならびに7ないし10、11のうち被告兼引受参加人高崎市の別紙第二号土地目録記載の土地引渡部分、および13ないし15につき仮執行の宣言を求めた。
二、被告銀行、同埼玉繊維、同武州商事、同南毛シルク、同高崎市および同中小企業金融公庫(以下「被告ら」という)の申立主文と同旨の判決を求めた。
第二、当事者の主張
(以下において、第一号土地、第一号建物、第一号設備および第一号物件、という場合、別紙第一号土地目録記載の土地、同第一号建物目録記載の建物、同第一号設備目録記載の設備および同第一号物件目録記載の土地、建物をそれぞれ指し、同号以下についても同様とするものである。)
一、請求の原因
1 第一号ないし第二〇号土地および第一号建物は、原告日本シルクの所有であり、同原告は、右土地、建物およびその他機械設備を用いて、いわゆる高崎工場として稼動し、これに日本シルク高崎工場の名称で工場財団を設定し、昭和二四年一月二六日その旨の登記を経由した。
第三五号土地、第三号建物および第二号設備は、原告日本シルクの所有であり、同原告は、これら土地、建物および設備に、他の機械設備を加え、これを用いて秋平工場として稼動していた。
第一号設備目録記載(二)の物件は、原告日本シルクの所有である。
2 第二一号ないし第三四号土地および第二号建物および第一号設備目録記載(一)の物件は原告橘館製糸の所有である(本庄工場関係物件)。
3 第一号および第二号物件は、原告日本服飾の所有である(美原工場、万場工場関係物件)。
4 ところで、被告埼玉繊維は、もと埼玉製糸株式会社と称し、昭和二九年八月三〇日三光蚕糸株式会社(以下「三光蚕糸」という)を吸収合併してその権利義務を承継し、昭和三二年五月二五日その商号を現在の如く変更した。そして、三光蚕糸は、原告日本シルクから高崎工場財団(第一号ないし第二〇号土地および第一号建物を含む)、第三五号土地および第三号建物を、また、原告橘館製糸所から第二一号ないし第三四号土地および第二号建物をそれぞれ譲受けたとして、これらに原告ら申立2の各登記を経由している。
被告武州商事は、第一号および第二号物件を原告日本服飾から譲受けたとして、原告ら申立3の各登記を経由している。
被告銀行は、三光蚕糸から高崎工場財団、第一号土地、第三号ないし第二〇号土地および第一号建物、第三五号土地および第三号建物、第二一号ないし第三四号土地および第二号建物に、被告武州商事から第一号物件にそれぞれ根抵当権の設定を受け、その旨原告ら申立1の各根抵当権設定登記をしている。
被告南毛シルクは、被告武州商事から第二号物件を譲受け、原告ら申立6の所有権移転登記をし、被告中小企業金融公庫は、右物件につき被告南毛シルクから抵当権の設定を受けて、原告ら申立5の抵当権設定登記を経由している。
被告兼引受参加人高崎市(以下「被告高崎市」という)は、三光蚕糸から第二号土地を譲受けたとして、原告ら申立4の所有権移転登記を経由している。
5(一) 被告銀行は、前述のすべての各物件を取得したと称して、昭和二五年六月下旬頃これを占有し、同月三〇日までの間に、第一号ないし第三五号土地、第一号ないし第三号建物、第一号および第二号設備、ならびにその他の機械、設備を三光蚕糸に、第一号および第二号物件を被告武州商事にそれぞれ売買名義で引渡して占有させ、次いで、第二号土地は、三光蚕糸から被告高崎市に引渡されて同被告の現に占有するところとなり、第二号物件は、被告武州商事から被告南毛シルクに引渡されて現にその占有に帰した。
(二) 被告埼玉繊維(三光蚕糸)は、第一号土地上に第四号建物を、第二一号土地上に第五号建物を、第三五号土地上に第六号建物を各所有して、現にその各土地を占有しているが、第三号ないし第二〇号および第二二号ないし第三五号の土地は、昭和三〇年一一月一四日から昭和四三年二月までの間に同被告の手で売却されもしくは引受参加人本庄市に買収(第二二号ないし第三五号土地)されたりして、結局被告高崎市を含む引受参加人らが原告ら申立11に記載した各土地をそれぞれ現に占有するところとなつた。
(三) 原告らは、これがために、各その所有物件について使用収益を妨げられ、賃料相当の損害を受けている。
6 ところで、第一号ないし第二〇号土地、第一号建物はその余の機械、設備等と一体となり高崎工場として統一ある工場を組成していたので、全部を一括して評価さるべきものであり、昭和二五年七月一日から昭和二九年六月末日までのその相当賃料は、一か年金二四〇〇万円であり、右の土地、建物のみの同年七月一日以降の賃料相当額は別紙賃料表のとおりである。
第三五号土地、第三号建物および第二号設備は、その余の機械、設備等と一体となり秋平工場として統一ある工場を組成していたので、全部を一括して評価すべきところ、右期間の相当賃料は一か年金四九二万円であり、右の土地、建物のみの昭和二九年七月一日以降の賃料相当額は、別紙賃料表のとおりである。
第一号設備は、その余の機械等と共に本庄工場に設置された機械器具の一切であり、工場設備として一体をなしていたのであるから同じく一括して評価さるべきところ、右期間の相当賃料は、一か年一八八万円である。
従つて、右期間に原告日本シルクの被つた賃料相当の損害は、合計金一億二三二〇万円となる。
7 第二一号ないし第三四号土地および第二号建物は、他の機械、設備等と一体となり本庄工場となつていたので、右期間の相当賃料は、一か年金九七五万円であり、右土地、建物のみの昭和二九年七月一日以降の賃料相当額は、別紙賃料表のとおりである。
従つて、右期間に原告橘館製糸の被つた賃料相当の損害は、合計金三九〇〇万円である。
8 第一号物件、第二号物件は、それぞれ美原工場、万場工場として組織され、それぞれ統一ある工場を組成していたので、各一括評価さるべきところ、右期間の相当賃料は、第一号物件が一か月金一万円、第二号物件が一か月金四万円であり、昭和二九年七月一日以降の物件としての賃料相当額は、第一号物件が同じく一か月金一万円、第二号物件については、別紙賃料表記載のとおりである。
従つて、右期間に原告日本服飾の被つた賃料相当の損害は、第一物件につき合計金四八万円、第二号物件につき合計金一九二万円である。
9 よつて、原告らは、被告らに対し原告ら申立1ないし6のそれぞれの各登記の抹消と被告銀行を除く被告らおよび引受参加人に対し、原告ら申立7ないし12のように各占有する土地、建物の明渡等を求めるとともに、
第一号ないし第二〇号土地および第一号建物、第三五号土地、第三号建物および第一号および第二号設備は、昭和二五年七月一日以降被告埼玉繊維と被告銀行の共同行為によつていずれも占拠使用が開始されたものであるから、原告日本シルクは、両被告に対し、同日以降昭和二九年六月末日までの損害金一億二三二〇万円とこれに対する昭和三〇年二月一七日から完済までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金、昭和二九年七月一日以降被告埼玉繊維による第一号建物および第一号土地の明渡と被告高崎市および該引受参加人らによる第二号ないし第二〇号土地の引渡が完了するまで、別紙賃料表(1) 記載の割合による損害金および昭和二九年七月一日以降被告埼玉繊維が第三五号土地(一)および第三号建物(一)、第三五号土地(二)および第三号建物(二)を各明渡すまでの別紙賃料表(2) および(3) の各割合による損害金の各自支払を求め、
第二一号ないし第三四号土地および第二号建物は、昭和二五年七月一日以降同じく被告埼玉繊維と被告銀行の共同行為によつて占拠使用が開始されたのであるから、原告橘館製糸は、両被告に対し、同日以降昭和二九年六月末日までの損害金三九〇〇万円とこれに対する昭和三〇年二月一七日から完済までの民法所定年五分の割合による遅延損害金、昭和二九年七月一日以降被告埼玉繊維による第二一号土地および第二号建物の明渡と該引受参加人による第二二号ないし第三四号土地の引渡が完了するまでの別紙賃料表(4) の割合による損害金の各自支払を求め、
第一号および第二号物件は、いずれも昭和二五年七月一日以降被告武州商事と被告銀行の共同行為によつて占拠使用されたものであるから、原告日本服飾は、両被告に対し、同日以降昭和二九年六月末日までの第一号物件の損害金四八万円とこれに対する昭和二九年八月二七日から完済までの民法所定年五分の割合による遅延損害金、右物件の昭和二九年七月一日以降被告武州商事がこれを明渡すまでの一か月金一万円の割合による損害金、第二号物件の昭和二五年七月一日以降同二九年六月末日までの損害金一九二万円とこれに対する昭和二九年八月二七日から完済までの民法所定年五分の割合による遅延損害金、ならびに右物件の昭和二九年七月一日以降被告南毛シルクがこれを明渡すまでの別紙賃料表(5) の割合による損害金の各自支払を求める。
二、請求の原因に対する被告らの答弁
1 請求の原因1ないし4は認める。
2 同5の(一)は認める。
3 同6ないし8は争う。
三、被告らの抗弁
1 被告銀行は、原告日本シルクに対し、昭和二五年六月七日当時左記の債権を有していた。
(一) 合計金九四二三万四四六八円五四銭の貸付金債権(詳細は、別紙貸付表(一)のとおり)。
(二) 埼玉蚕業株式会社(以下「埼玉蚕業」という)の被告銀行に対する債務のうち、原告日本シルクが被告銀行に対し埼玉蚕業に代り弁済することを約した金六五〇〇万二九九二円二二銭の債権。
すなわち、埼玉蚕業は、もともと、原告日本シルクの経営を維持するために設立された会社で、その営業は、すべて原告日本シルクの利益のためになされた関係にあつたので、昭和二四年一二月一九日原告日本シルクと被告銀行との間に、「原告日本シルクは、埼玉蚕業が同原告の利益を図る目的で購入し、同原告に製糸を委託した繭および製品の価格の低落または災害等により受けた損害、埼玉蚕業が同原告の仲介で販売した製品代金の回収不能または支払遅滞によつて受けた損害、その他埼玉蚕業がその営業活動によつて受けた一切の損害を、すべて帳簿の記載による算定に従つて補填する。」旨の損失補償契約が成立していたところ、同契約に基づき昭和二五年六月七日当時、原告日本シルクの負担すべき債務は、
(1) 埼玉蚕業の貸借対照表上の純損害金六〇三五万一九九二円二二銭
(2) 右貸借対照表上、未整理のまま売掛金として計上されているが、回収不能な金三八三万円
(3) 右貸借対照表に仮払金として未整理のまま計上されているもので、埼玉蚕業が生糸輸出公団に納付した調整金八二万一〇〇〇円があり、これも原告日本シルクの補填の対象となるべきもの、以上合計金六五〇〇万二九九二円二二銭であつた。
ところが、一方、埼玉蚕業は、昭和二五年六月七日当時被告銀行に対し合計金一億三四三三万三四五二円八七銭の借入金債務(詳細は、別紙貸付表(二)のとおり)を負担していた。
そこで、原告日本シルクは、被告銀行に対し、埼玉蚕業の右借入債務を金六五〇〇万二九九二円二二銭の限度で埼玉蚕業に代位して弁済する旨約したのである。
(三) (一)の原告日本シルクの債務に対する合計金一一万八三〇六円四二銭の未払利息債権
埼玉蚕業は、原告日本シルクの依頼によつて、埼玉蚕業が同原告に委託した製糸加工の工賃のうちから(一)の利息支払に充てる資金を、同原告に渡さず手許に保留しておき、これをもつて被告銀行に対する利息の支払を代行していたのであるが、昭和二五年六月七日当時、右保留資金は金一〇六万五九七三円八九銭であるのに対し、未済利息は別紙利息表のとおり、合計金二四八万四二八〇円三一銭であつたから、差引金一四一万八三〇六円四二銭の利息未払分が残るとところ、内金一三〇万円の支払に代え、原告日本シルクの権利に属する埼玉蚕業の株式二六〇〇株を被告銀行に譲渡したため、その未払分は、金一一万八三〇六円四二銭となつた。
2 以上の(一)ないし(三)の合計金一億五九三五万五七六七円一八銭の債権があつたので、原告日本シルクは、昭和二五年六月七日被告銀行との間に、「右債権の支払に代えて、原告日本シルクは、第一号ないし第二〇号および第三五号土地、第一号および第三号建物ならびに第一号および第二号設備を被告銀行に譲渡すると共に、原告橘館製糸をして第二一号ないし第三四号土地および第二号建物を、原告日本服飾をして第一号および第二号物件を被告銀行にそれぞれ譲渡させる。」旨の契約を締結し、右契約に基づき、原告日本シルクはもとより、他の原告両名も右契約を承認して、各約定の物件を同日被告銀行に譲渡したのである。
3 従つて、未だ本件の各物件の所有権が原告らにあることを前提とする本訴請求は失当である。
四、抗弁に対する原告らの答弁
1 抗弁1の(一)の借入債務のうち、別紙貸付表(一)の(1) 、(2) 、(5) 、(6) および(8) ないし(16)(合計金六八八七万九八五五円四五銭)は認めるが、その余は否認する。
2 同1の(二)のうち(3) の埼玉蚕業が金八二万一〇〇〇円の調整金を生糸輸出公団に納付したことは認めるが、その余は否認する。
3 同2は否認する。
五、原告らの再抗弁
1 債務弁済について
(一) 原告日本シルクは、昭和二四年一〇月被告銀行に対し担保として生糸一三八六貫、撚糸七六二貫を差入れたが、その後、同銀行の承諾をえて、生糸は昭和二四年一〇月一二日から昭和二五年五月二七日までの間前後七回に亘り、また、撚糸は昭和二四年一〇月一四日から昭和二五年五月二八日まで前後三一回に亘つて、これらを売却し、その都度代金をもつて被告銀行に弁済し、その合計は、金二七七七万七五五〇円であつた。
なお被告銀行からその主張の生糸、撚糸の返還を受けたことはない。
(二) 原告日本シルクは、昭和二三年一二月二〇日頃星捷博に対して、輸出織物原料の撚糸一四二〇貫を代金一二八九万七一五七円一七銭で売渡し、他方、星は、昭和二三年一二月二七日額面金一二八九万七〇〇〇円、支払期日昭和二四年四月五日なる約束手形一通を被告銀行宛に振出し、被告銀行は、同年一二月二九日利息金後払の約で右手形を割引き、その割引金を星に交付すべきところ、同人の承諾をえて同人の原告日本シルクに対する債務弁済に充当することとし、原告日本シルクは、これを被告銀行に対する弁済に充てることとして、被告銀行は星にその金員を交付しなかつたから原告日本シルクは、右割引日時に被告銀行に対し、金一二八九万七〇〇〇円を弁済した。
(三) 被告らが主張する別紙貸付表(一)(3) の債務は、そもそも存在しないものであるから、その元金三四五〇万円の一部として弁済された金一五七二万三九七八円は、他の存在する債務に充当さるべきである。
(四) 従つて、原告日本シルクの被告銀行に対する昭和二五年六月七日当時の債務は金一四八八万一三二七円四五銭にすぎない(すなわち、別紙債権表(一)の(1) 、(2) 、(5) 、(6) および(8) ないし(16)の合計金六八八七万九八五五円四五銭から右(一)ないし(三)を控除した金員)。
2 損失補償契約について
(一) 仮に、被告ら主張の損失補償契約が存在するとしても、該契約は、商法第二四五条第一項第三号にいわゆる他人と営業上の損益全部を共通にする契約に準ずるものであり、株主総会の特別決議を要するものであるところ、原告日本シルクではその決議がないから無効である。
(二) 仮に然らずとするも、右契約は、原告日本シルクが製糸業経営上の損失の大部分を占むべき原料繭、製品の価格の変動、回収不能の売掛代金を補償しなければならなくなり、そのうえ埼玉蚕業の経営から生ずる全損失を原告日本シルクに補償せしめるものであるとすればなおのこと、原告日本シルクは、利益に均霑することなく、埼玉蚕業の損失の全部もしくはその大部分を負担することとなる。これは、被告銀行が原告日本シルクの主たる融資銀行である立場を利用し、その締結を強要した結果であるから、右契約は公序良俗に反し無効である。
(三) 然らずとするも、被告ら主張の抗弁(二)の(1) および(3) は、性質上原告日本シルクの補填すべき範囲には含まれないし、また回収不能をいう右(二)の(2) の売掛金は、その後埼玉蚕業が清算の際、内金三六三万円の債権を額面相当の対価を得て被告武州商事に譲渡し、残金二〇万円については、債務者豊岡物産との間で売買契約を解除し、埼玉蚕業において現品を引取つたのであるから、いずれにしろ回収不能とはいえない。
(四) 従つて、損失補償契約の存在もしくは、右契約に基づく債務があることを前提とした原告日本シルクの代位弁済の合意は、その前提を欠く以上、無効というべきである。
3 代物弁済について
(一) 仮に、被告ら主張の代物弁済が成立したとしても、これにより譲渡されるものは、原告ら所有の工場の敷地、建物、機械、器具、備品、その他附属品、製品、仕掛品、原材料ならびに各工場の営業権、製糸免許権、購繭地盤その他一切の権益であり、そして、これらが従前営業権の行われていたままの状態において一括して譲渡するというのであつて、物件、権利および権益等が個々的に移転されるものではない。従つて、右譲渡は、企業自体の譲渡であり、いわゆる営業譲渡に該る。従つて、原告らの株主総会の特別決議がない以上は無効である。
(二) また、営業の譲受は、被告銀行の目的外の行為であるから無効である。
(三) 仮に右主張が理由がないとしても、原告日本シルクの代表者中沢寿は、被告銀行関係者のいうとおりの債務額が存在するものと誤信して譲渡を承諾したのであるが、真実の債務額は、前記のとおり金一四八八万一三二七円四五銭であり、これを知つていれば譲渡は承諾しなかつた。しかして、金一億六〇〇〇万円に達する債務の弁済に代え得たものを、その十分の一の債務の弁済に代えることを承諾するようなことは、何人といえどもなすはずがないから、原告日本シルクの代物弁済を承諾する意思表示は、その重要な部分に錯誤があり、無効である。
(四) 然らずとするも、右中沢寿は、被告銀行副頭取秋山順朝、同代理人渡辺綱雄より、真実の債務額が金一四八八万一三二七円四五銭であるのに、金一億六〇〇〇万円の債務が残存するものと虚構の事実を申し向けられてこれを信じ、代物弁済を承諾したのだから、日本シルクは、本訴において詐欺を理由に右意思表示を取消す。
五、再抗弁に対する被告らの答弁
1 再抗弁1の(一)のうち、被告銀行が原告日本シルクから主張の日に担保として生糸、撚糸(但し数量は除く)の差入れを受けたことは認めるが、その余は否認する。
右の数量は、生糸が二〇一五貫八六匁、撚糸が一一二八貫六九五匁であり、そして、これは昭和二五年三月二七日返還している。
2 同1の(二)および(三)は否認する。
3 同2の(一)は争う。
本件損失補償契約は、埼玉蚕業の経営上生じた一切の利益および損失がすべて原告日本シルクに帰属する内容のものであり、埼玉蚕業には何らの利益および損失も残らないのであるから、いわゆる他人と営業上の損益全部を共通にするものではなく、また、これに準ずる契約でもない。従つて、特別決議を要しない。
4 同2の(二)は否認する。
元来、埼玉蚕業は、原告日本シルクの利益のために設立され存続するものであつて、原告日本シルクが融資を受け、円滑に操業を継続しうるための機関ないしは方便ともいうべき存在であつて、昭和二四年八月一二日の被告銀行と原告日本シルク間の融資契約は、本件損失補償契約と一体をなし、両契約は、相まつて原告日本シルクに融資をなし埼玉蚕業の利益および損失を全部原告日本シルクに帰せしめることをその趣旨としたものであるから、公序良俗に反するものではない。
5 同2の(三)(四)は否認する。
6 同3の(一)は争う。
代物弁済契約において、譲渡の対象となつたものは、前記の各不動産、機械設備および当時工場内に存在した原材料、仕掛品、製品等の動産であるから、営業の譲渡ではない。もつとも、右契約についての契約書(乙第一六号証)中には、原告日本シルクから被告銀行に譲渡するもののうちに、「営業権、製糸免許権、購繭地盤」という文言があるけれども、これらは当時製糸業について公権力による統制が行われていたので、もし製糸免許権が得られないと工場の機械設備等は無価値なスクラツプと化するわけであるが、譲渡に当つて、工場の土地、建物、機械設備等がその工場の本来の用法に従い使用収益できるものとしてその価額を評価するため、この取引上の評価を保存する必要から、工場譲受人が譲受け工場について新たに製糸免許を申請する場合、原告日本シルクがこれに協力し、自己に対する免許を放棄すること、ならびにその工場が従来原材料である繭を買付けていた地域において新経営者がその買付をすることを原告日本シルクが妨害しないことを約したにすぎない。
しかも、右契約においては、営業譲渡の際通常なされるような商号その他の名称、のれん等の承継はないし、仕掛品、先約品、賃加工等の得意先との取引の後仕末は被告銀行が前記の物件を換金のため他に譲渡した際、その譲受人と原告日本シルクとの間の協議に委ねられることになつており、右契約につき原告日本シルクにおいて各取引先に通知もしていないし、取引先の承諾もない。また、原告橘館製糸所は、名目上存在する会社で、現実に製糸業を営んでいたものではないし、原告日本服飾は第二号物件を被告南毛シルクに賃貸し、第一号物件は空工場としたまま放置の状態であつた。
以上述べた事実からしても明らかなように、前記契約は、営業譲渡契約ではない。
7 同3の(二)は争う。
原告日本シルクと被告銀行間で代物弁済契約が成立するに至つたのは、被告銀行が埼玉蚕業に対する貸付金の担保に供せられていた前記の各物件について抵当権を実行しようとしていたところ、原告日本シルクの懇請で原告日本シルクの債務支払に代えて、右物件を譲受けたのであるから、債権回収の一方法にすぎず、被告銀行の目的の範囲に属する通常の業務である。
8 同3の(三)および(四)は否認する。
六、被告らの再々抗弁
1 仮に損失補償契約につき、原告日本シルクの株主総会の特別決議を要するとしても、原告日本シルクにおいては、昭和二四年一二月一九日株主総会で承諾の特別決議をした。
2 仮に本件代物弁済による前記物件譲渡が営業の譲渡に該るとしても、原告らは、昭和二五年六月八日以降同月二四日までの間に開催された株主総会において、それぞれ該契約につき承認の特別決議をした。
すなわち、特に、原告日本シルクについていえば、本件契約が締結された昭和二五年六月七日当時、原告日本シルクの全株式は、その代表取締役たる中沢寿が複数の株主名義で所有していたのであつて、同原告は、いわゆる一人会社にすぎない。従って、かかる会社においては中沢一人の議決権の行使で、特別決議の法定要件はすべて充当するといわざるをえないところ、原告日本シルクが本件契約後、所轄税務官署に対してなした法人税申告に添付した決算書類の貸借対照表には、負債の部(貸方)に被告銀行に対する債務一億六〇〇〇万円弱を記載せずかつ、資産の部(借方)には代物弁済に供した土地、建物および機械器具等を記載していない点からみても、特別決議のあつたことが明らかといえる。
3 ((三)については全被告において、それ以外の項については被告銀行、同埼玉繊維、同武州商事において主張)
仮に、特別決議がなかつたとしても、本件契約は左のとおり有効であるか、あるいは原告日本シルクにおいてその欠缺を被告銀行等に主張できない。すなわち、
(一) 代表取締役は、会社の営業に関する一切の裁判上または裁判外の行為をなす権限を会社から委任されている。そして、営業の譲渡も、代表取締役は会社のためになしうるのであるが、右につき株主総会の特別決議を要する旨の商法第二四五条は、株主保護の見地から代表取締役の権限の行使を制限した規定というべきである。
ところで、本件契約の際、中沢は、法律の専門家である顧問弁護士と連署して、いつにても形式的な株主総会の特別決議をとる旨確約していたので、相手方たる被告銀行としても、中沢に本件契約を締結する権限があると信じたのであり、かく信ずるにつき正当な理由があつた。他方原告日本シルクは、さきに述べたように一人会社で、すべてが中沢の意思で運営されていたから、代表者と株主が一体であり、同人の意思とは別に株主の保護を計る利益はないのである。このような場合でも後になつて形式的な特別決議の欠缺を理由に本件契約の効果を否定しうるとすれば、取引の安全を犠牲にして代表者の恣意を許すことになるから、表見代理の規定の類推適用により、中沢によつてなされた本件契約は有効であり、その効果は原告シルクにも及ぶと解すべきである。
(二) 原告日本シルクの株主は、中沢による本件契約の締結を追認した。
すなわち、本件契約締結後、原告日本シルクは、中沢の指揮のもとに、その債務を円満に履行し、これに要する手続等を一切履践したし、前記のように税務官署に対する税の申告に添付した決算書類の資産と負債の各部からそれぞれ関係部分を落し、契約後五年間は中沢は勿論のこと、他の名義上の株主も異議をとなえず、むしろ被告銀行の処置を感謝していた程である。このような事実にかんがみ、原告日本シルクの株主は本件契約による営業の譲渡を追認したとみるのが相当である。
(三) 仮にそうでないとしても、原告日本シルクが特別決議のないことを理由に無効を主張することは権利の濫用である。
本件契約は、被告銀行が当時適法に設定された抵当権を実行し、原告日本シルクの工場、建物、機械器具類一切を競売に付したならば、同原告は担保物件を全部喪失するのみで、なお債務が残存し、破産におち入ることが目に見えていたところ、中沢の切なる希望を容れて締結したものであり、そのうえ被告銀行は、好意的に担保の対象であつた原告日本シルクの松山工場を除き、残余の工場等のみを譲渡させ、これをもつて債務全部を消滅させることとし、ともかく、原告日本シルクの営業存続を可能にしたのであつて、当時、中沢をはじめ、形式上の株主は、みな被告銀行の寛容な措置に感謝し、その後五年間何人もこれに異議を述べず株式買取請求権を行使するものもなかつた。
被告銀行は、本件契約によつて取得した物件を苦心のすえ、三光蚕糸株式会社(現、被告埼玉繊維)に売却し、現在は、各工場ともスクラツプアンドビルドの結果、昔日のおもかげは全くなく、様相は一変している。今これを無効として旧に復するごときは被告銀行および取得者の損害は莫大で、しかもその信用も毀損され、かつ、取引の安全を害すること、これより甚しきものはない。
これに反し、原告日本シルクは、本件契約によつて会社の更生を図り、望外な利益を得たのみでなく、五年経過後、土地価格の異状な値上りを奇貨とし、これを取戻すことによつて、不当にも二重の利益を得ることを目的としているのである。
原告日本シルクは、さきに述べたとおり、いわば一人会社であつて、ほとんど全部の株式を有し、かつ、その代表取締役である中沢が、形式的な株主総会の特別決議をなす旨確約しながら、いつでもなしえたこの確約に違背してこれをなさず、かえつて今度は、自らの違約、すなわち特別決議を経なかつたことを口実に中沢個人と単に人格が異なるとの法理論を悪用し、違約した当の中沢が原告日本シルクを代表し、本件契約の無効を主張することは、まさしく詐欺的行為である。
以上の事実関係に徴するなら、原告日本シルクの無効主張は、権利の濫用であつて許されない。
(四) 仮に然らずとするも、そもそも、株主総会の決議はそれ自体単なる会社内部の意思決定にすぎず、外部に対する意思表示たる性質を有するものではなく、このような外部との直接かかわりのない会社内部の意思は本来会社の自治に委ね、その任意の決定でも少しもさしつかえないものであり、ただ、法は、会社が私益団体であることにかんがみ、その意思決定を会社の執行機関の恣意に委ねることなくその決定の手続ないし内容を法定し、会社内部関係の調整つまり会社内部の構成員、株主の利益擁護を図つているにすぎないから、株主総会の決議の存否、その形成如何についての商法の規定は、会社の内部関係では強行法規的性格を有しそれに違反する行為につき、構成員にその是正の方法と機会が与えられるのは当然としても、かかる意思決定手続の存否等は、第三者の利害にかかわりなく、あくまでも会社自体に関する事項であるから、対外的に会社と取引関係にある第三者にその影響を及ぼす対世的効はなく、会社自らがかかる会社内部の意思決定手続上の瑕疵を理由に、取引関係に立つた第三者に対し無効を主張しえないというべきである。
しかも、本件のように、原告日本シルクは、一人会社で、そのうえ、取引の相手方たる被告銀行に対して会社内部の手続の履践を約しているような場合、その手続履践の事実の不存在を主張する理由は全くなく、かかる主張は許されてはならない。
七、再々抗弁に対する原告らの答弁
1 再々抗弁1は否認する。
2 同2のうち、原告日本シルクが法人税の申告において被告銀行に対する債務(但し数額は異る)を負債より落とし、原告日本シルクの所有の本件各物件を資産より落として申告した事実は認めるが、その余は否認する。
3 同3(一)は否認する。
法人の機関たる地位にある者の行為による効果が法人について生じない場合には、行為者の権限が制限されていることによるものと、行為者の権限、行為のほかに効力発生の要件が定められていることによるものとがある。後者は、いわゆる法定条件であつて、前者の場合と法律上の性質を異にする。商法二四五条は、右の後者の例、すなわち法定条件であつて、代表取締役の権限の問題ではなく、従つて、表見代理の規定に親しむものではない。
4 同3の(二)は否認する。
商法二四五条の特別決議が、営業譲渡の効力発生の法定条件である限り、その要件が充足されなければ効力が生じないことは明らかである。しかも、株主総会の決議は総会における議案に対する議決権行使によつて行われるものであるから、総会招集通知公告にその要領を記載しなければ議案とはなりえず、議案として付議されなければ承認の議決がなされたとはいえない。株主総会において株主の有する議決権は、株主総会の構成員たる資格において有する権利であり、株主がその行使を制約されるに至る如何なる内容の約定も効力を持ちえないし、株主総会の構成員たる資格を離れて株主が追認なるものを行つたとしても、株主総会で特別決議があつたことになるわけでもないから、被告らの主張はそれ自体無意味である。
被告ら主張の根底には、一人会社なるものを想定していわゆる法人格否認の法理を適用しようとする意思が窺えるが、原告日本シルクは、一人会社の要件に該当しないばかりでなく、わが商法において法人格否認の法理なるものもなく、まして本件にこれが適用される余地は全くない。
5 同3の(三)および(四)は争う。
総会における特別決議は、単なる内部意思の決定にとどまるものではなく、効力要件であるから、これが具備されない限り、効力が発生することはない。
第三、証拠<省略>
理由
一、請求の原因1ないし4、5の(一)は、原告らと被告らとの間では争いがなく、同5の(二)のうち、被告埼玉繊維が第一号土地上に第四号建物を、第二一号土地上に第五号建物を、第三五号土地上に第六号建物を各所有し、現にその各土地を占有していることは、被告埼玉繊維の認めて争のないところである。
同5の(二)のうち、引受参加人古久松木材株式会社が第五号土地を現に占有している事実は、同参加人代表者において明らかに争わないから、自白したものとみなすべく、また、その余の各引受参加人がそれぞれ原告ら主張の各土地を現に占有している事実は、右参加人らにおいて、適式の呼出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他準備書面も提出しないのでいずれも右事実を明らかに争わないものと認める。
二、そこで、被告らの抗弁につき判断をすすめるが、まず、昭和二五年六月七日原告日本シルクと被告銀行との間に、「同原告が同被告に対し負担している金銭債務の給付に代えて同原告所有の高崎工場(訴状添付第一号目録第一、訴の変更後は、第一ないし第二〇号土地および第一号建物)、秋平工場(同第一号目録第二、訴の変更後は、第三五号土地、第三号建物および第二号設備)、本庄工場の一部(同第二号目録(四)、訴の変更後は、第一号設備(二)の設備を組成する工場建物(附属建物を含む)、工場敷地、工場附属の機械器具、備品その他の附属品、製品仕掛品、原材料、営業権、製糸免許権、購繭地盤その他右各工場に関する一切の権利を同被告に譲渡すると共に、原告橘館製糸所をしてその所有の本庄工場の一部(訴状添付第二号目録(一)ないし(三)、訴の変更後、第二一号ないし第三四号土地、第二号建物および第一号設備(一)の設備)を、原告日本服飾をして、その所有の美原工場(同第三号目録、訴の変更後は、第一号物件)、万場工場(同第四号目録、訴の変更後は、第二号物件)につき、前記同様の物件等を同被告に譲渡させる」旨の契約が成立したこと、右譲渡契約が原告日本シルクの「営業の重要な一部を譲渡する契約」であつたこと、同日原告橘館製糸所および原告日本服飾の代理人原告日本シルクと被告銀行との間に「右両原告は、前項の契約を承認し、その契約に基づき、右両原告が所有する前項掲記の物件等をそれぞれ同被告に譲渡する」旨の契約も成立したこと、および右契約は、営業譲渡契約に該当しないことの四点については、当裁判所が昭和三七年一二月二五日言渡した中間の判決においてすでに判断したところであるから、以下、右以外の点につき順次検討する。
三、原告日本シルクの被告銀行に対する債務
1 消費貸借上の債務および利息債務
原告日本シルクが被告銀行に対し、別紙貸付表(一)の(1) 、(2) 、(5) 、(6) 、(8) ないし(16)の貸金債務を有していたことは、原告らと被告らとの間では争いがない。
成立に争いない甲第二号証の四ないし七、同第三号証の二、三、五、乙第一六号証および同第七五号証、証人北島太郎の証言によつて真正に成立したと認める乙第一〇一号証および同第一〇三号証、証人秋元順朝、同北島太郎および同小林八郎の各証言、ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、
原告日本シルクは、昭和二五年六月七日当時、被告銀行に対し、別紙貸付表(一)の(3) 、(4) および(7) の貸金債務を負担し、そして、右債務(ただし(7) を除く)と前記争いない債務に対する利息として、少くとも、別紙利息表記載の合計金二四八万四二八〇円三一銭の利息金債務(昭和二五年三月一日から同年六月七日までの日歩金二銭七厘の割合、ただし一部は別個の計算による)を負担していたこと、ところが他方、埼玉蚕業において原告日本シルクのために、後記認定のとおり埼玉蚕業が原告日本シルクに支払うべき賃挽加工賃中から、原告日本シルクの被告銀行に対する利息債務に支払うべき金員を留保し、これを利息に支払う事務を代行していたところ、右同日現在右保留金が金一〇六万五九七三円八九銭あつたので、これを利息債務の一部に充当し、かつ、同日原告日本シルクは、右利息債務の一部金一三〇万円の支払に代えて、被告銀行に対し、原告日本シルクが所有する埼玉蚕業の株式二六〇〇株を譲渡する旨約したので、結局同日現在において、原告日本シルクは、なお被告銀行に対して金一一万八三〇六円四二銭の利息債務を負担していた(ただし後記2のとおり、契約書(乙第一六号証)上はこれを埼玉蚕業の損失負担金とした)こと、以上の事実が認められ、右認定に反する証人平井利二の証言ならびに原告日本シルク代表者本人尋問の結果の各部分は、前掲証言に照し信用できず、他に右認定を覆えしうる証拠はない。
2 原告日本シルクが損失補償契約によつて被告銀行に対し負担するに至つた債務
前掲甲第二号証の四ないし七、同第三号証の三、乙第一六号証、同第七五号証成立に争いない乙第八号証、第一〇号証、同第六八号証、同第七〇ないし第七四号証、証人小林八郎の証言により真正に成立したと認められる乙第八二号証の八、証人北島太郎の証言によつて真正に成立したと認める乙第一〇二号証、原告日本シルクの代表者本人尋問の結果により原告日本シルク代表者の印影であることが認められ、これと証人荒井仙吉の証言(第一回)により真正に成立したと認められる乙第一一、第一二号証、証人秋元順朝、同北島太郎、同小林八郎、同渡辺綱雄、同荒井仙吉(第一回)の各証言、ならびに原告日本シルク代表者本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)を綜合すると次のような事実が認められる。すなわち、被告銀行は、かねてから原告日本シルクとの間で金融取引を継続して行つて来たが、昭和二四年四月に至つて、原告日本シルクに対し金一億三〇〇〇万円程の貸付金債権を有し、原告日本シルク所有の高崎工場、秋平工場、松山工場に、総額にして金一億四〇〇〇万円を限度とする根抵当権の設定を受けその登記を経由していたものの、なお担保の不足を感じていたうえ、当時統制令違反に関するいわゆる日本シルク事件で代表取締役である中沢寿ら役員数名が逮捕されたりして、右債権の回収に不安を抱いていたので、原告日本シルクに対し更に融資することは困難な状況になり、他方、原告日本シルクとしても、右以上の担保を提供することが困難であり、しかも将来も被告銀行から融資を受けなければ、経営が成り立たず、事業を閉鎖する以外に方策がなかつたので、両者は、昭和二四年春頃から協議した結果、原告日本シルクの再建を図り、かつ、被告銀行の債権回収を確保するため、いわゆる「トンネル」会社を設立し、被告銀行がこの新会社に資金を貸出し、新会社はその資金で原料の繭を購入し、原告日本シルクにその賃挽加工を委託し、でき上つた製品は、新会社においてこれを販売することとし、これによつて新会社に生じた一切の利益、損失は、原告日本シルクの損益に帰せしめる仕組とし、利益が生じたときは、その利益金を以つて原告日本シルクの被告銀行に対する債務の弁済に充当することとする趣旨の計画を決定し、この計画に基づいて、昭和二四年七月末頃新会社である埼玉蚕業(資本金三〇〇万円で、このうち金一七〇万円を被告銀行が、残金一三〇万円を原告日本シルクが各出資し、原告日本シルク側から平井利二、唐沢直平らが取締役として参画)を設立し、同年八月一二日原告日本シルク、被告銀行、埼玉蚕業の三者相互の間に、被告銀行の埼玉蚕業に対する融資に関する契約を締結し、次いで、同年一二月一九日右契約に附随して埼玉蚕業が原告日本シルクの利益を図るため購入し、製糸を委託した繭およびその製品の価格の低落または災害等により生ずることあるべき一切の損失を補償する旨等を定めた損失補償契約を結んだが、右契約は、前述の融資に関する契約と相まつて、埼玉蚕業に生ずることあるべき一切の損益を原告日本シルクの計算に組入れることにする趣旨の契約であつた。
ところが、埼玉蚕業は、その運営に円滑を欠き、昭和二四年産秋繭の買付けに失敗を招きこれがため、損失は累増する傾向にあつたところ、昭和二五年六月七日までに、被告銀行に対し少くともその主張の金一億三四三三万三四五二円八七銭の借入金債務を負担するに至り、同年五月三一日現在で、貸借対照表上の純損金が金六〇三五万一九九二円二二銭、売掛金で回収不能となつた損害金三八三万円、生糸輸出公団からの割当にかかる生糸の不納入のため同公団に納付を命ぜられ、埼玉蚕業が支払つた金八二万一〇〇〇円の損失金があつた。
しかして、同年六月七日原告日本シルクは、被告銀行との間で、右合計金六五〇〇万二九九二円二二銭の埼玉蚕業の損失金(ただし、契約書(乙第一六号証)上は前記原告日本シルクの利息残債務金一一万八三〇六円四二銭を加えた金六五一二万一二九八円六四銭として)を原告日本シルクが前記損失補償契約によつて負担する債務であることを認め、同時に右損失金の範囲で埼玉蚕業の被告銀行に対する前記借入金債務を埼玉蚕業に代つて支払う旨約した。
以上の事実が認定でき、これに反する原告日本シルク代表者本人尋問の結果部分は前記各証拠に照して信用せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
3 そこで、ここに関連する原告らの再抗弁1および2を考える。
(一) 原告ら主張の1の(一)および(二)については、これを認めるに足る証拠がない。
もつとも、右(一)については、その主張にそうような甲第一号証の一七、乙第三八号証の記載があるが、証人秋元順朝の証言によれば、実際にその記載どおりに生糸等が売却され、それが、原告日本シルクの債務に内入弁済されたかどうか不明であることが認められ、他にこれを確認できる資料はなく、かえつてこれと反対の前擧示の証拠(1の冒頭部分の証拠)もある以上は、右記載のみによつて右主張事実を肯定することはできない。
そして、1の(三)の主張は、別紙貸付表(一)の(3) の債務が存在しないことを前提として、これについてなした弁済を直ちに他の債務の弁済に充当すべきであるとするものであつて、その趣旨は明らかでないばかりでなく前示のとおり右債務の存在が認められる以上、もはや理由なきことが明らかである。
(二) 原告ら主張の2の(一)および(二)について
前記認定のとおり、埼玉蚕業は、そもそも原告日本シルクの再建と被告銀行の原告日本シルクに対する融資ならびに債権回収の便宜のために設立されたいわゆる「トンネル会社」であつて、対外的には独立の法人格を有する会社であつても、原告日本シルクと被告銀行に対する関係では、埼玉蚕業はいわば原告日本シルクの生産部門を除く営業一切についての窓口的な存在であつて、同会社に附属するにすぎず、独自の実質的営業を行つていたものでなく、その損益のすべてがそのまま一方的に原告日本シルクに帰属する仕組となつており、日本シルクの損益は埼玉蚕業に帰属しないものとしていたのであるから、原告日本シルクと埼玉蚕業との間の損失補償契約をもつて、右両名の営業上の損益全部を共通にする契約もしくはそれに準ずる契約であると解することはできず、原告らの右主張は採用の限りではない。
そしてまた、前認定の事実から明らかなように、埼玉蚕業の設立に当り、原告日本シルクは、予め被告銀行と検討のうえ、先に判示した目的でこれを設立し、原告日本シルクの取締役も埼玉蚕業に参画し、その営業に関与しているのであり、結果的には、埼玉蚕業の設立目的は失敗に帰したとはいえ、当初は埼玉蚕業を通し被告銀行からの融資を可能にし、原告日本シルクの営業もその限りで存続しえたことは否定できず、しかも、埼玉蚕業の設立目的、存在自体が前記のとおり原告日本シルクのための窓口的な存在である以上埼玉蚕業の損益一切を原告日本シルクのそれに帰せしめることを約したとしても、これを以て直ちに公序良俗に反する契約であるとは解しえない。
(三) 原告ら主張の2の(三)について、
原告らは、回収不能の売掛金三八三万円のうち、金三六三万円の債権は、埼玉蚕業が額面相当の対価で被告武洲商事に譲渡したから、回収不能とはいえないと主張するところ、成立に争のない甲第三号証の五、六、証人北島太郎、同小林八郎の各証言によれば、確かに被告銀行は、その後原告日本服飾から譲受けた美原、万場の各工場と不二撚糸振出にかかる埼玉蚕業あての金三六三万円の手形および埼玉蚕業所有の什器設備等(帳簿価格八万四三五〇円)を加えて、これらを後記の代金一六七八万七七〇〇円で被告武州商事に譲渡したことが認められるから、右金三六三万円の債権は、一応埼玉蚕業において後日回収のできた債権と解すべきである。
次に、原告らは、回収不能とする他の二〇万円の売掛債権については、その基礎となつた豊岡物産との売買契約を解除し、埼玉蚕業が現品を引取つたから、回収不能な債権とはいえないと主張するが、これを認めるに足りる証拠はないから、右主張は採用できない。
4 以上のとおり、原告日本シルクは、昭和二五年六月七日現在で、被告銀行に対し金九四二三万四四六八円五四銭の借入金債務と金一一万八三〇六円四二銭の利息金債務を負担していたことは明白である。
ただし、前示のとおり埼玉蚕業の損失金のうち金三六三万円の債権は、後日一応回収されたと解される。もつともこれについては前掲乙第一六号証、証人北島太郎の証言等によれば、右同日原告日本シルクと被告銀行との間で前記の代物弁済契約を締結した際、埼玉蚕業の損失金が確実に算定できず、多少の変動が予想されたので、後日過不足が発見されても、原告日本シルクは被告銀行に対し不足額の支払義務がないとともに、過払分の請求もできない旨の合意をし、右金三六三万円も埼玉蚕業の損失金の一部に加えて、前示のように合計金六五〇〇万二九九二円二二銭の損失金の限度で、埼玉蚕業の被告銀行に対する借入金債務の代位弁済を約したことが認められるから、本来は原告日本シルクとしては、後日その損失金の一部が回収されたことをもつて、その消滅を主張しえないものであつたことがうかがわれる。
ちなみに、証人北島太郎の証言および成立に争のない乙第一八号証によれば、被告銀行もまた、昭和二五年六月七日付契約書(乙第一六号証)にもとづき、昭和二六年二月八日当日原告日本シルクが復興金融金庫に対して負担する債務金八〇〇万円利息金一三六万九三四九円を右契約書にもとづき取得した物件の代物弁済額の追加金として被告銀行が負担することを約している。
四、さて、原告日本シルクが被告銀行に対し負担している債務の支払に代えて、原告日本シルクの所有する高崎工場、秋平工場、本庄工場の各組成物件等を被告銀行に譲渡する旨の契約が営業の重要な一部譲渡に該当することは先に判示したとおりである。
そこで、被告らのこれに関連する主張(再々抗弁2および3)を検討する。
1 まず、被告らは、右譲渡につき、株主総会の承認の特別決議を経ていると主張するが、これを認めるに足る証拠はない。乙第一七号証(念書)はその成立が明らかでなく、その記載のみを以て右事実を認めることはできない。なお、昭和二六年四月に株主総会が開かれ、前記代物弁済を前提とする決算報告につき仮りに承認がなされたとする証人平井利二の証言原告日本シルク代表者本人尋問の結果は直ちに信用できない。
もつとも、原告日本シルクが、本件契約後、所轄税務官署に対してなした法人税申告に添付した決算書類の貸借対照表には、負債の部に被告銀行に対する債務金一億六〇〇〇万円弱を記載せず、かつ、資産の部には代物弁済に供した土地、建物等を記載しなかつたことは、原告らと被告らとの間で争いがないが、この一事のみによつて、原告日本シルクの株主総会で、譲渡承認の特別決議があつたとすることは、困難というべきである。証人鈴木博平の証言によつてもこのことがうかがわれる。
2 次に、被告らの右3の主張を考える。
成立に争いない乙第九四ないし第九六号証、第一〇四、一〇五号証(原本の存在も争がない)証人北島太郎の証言によつて真正に成立したと認められる乙第一〇〇号証、証人渡辺綱雄、同二宮慶一、同平井利二(但し、後記措信しない部分は除く)同荒井仙吉(第一、二回)、同鈴木博平、同黒田寿、同松村恵一、同小口英一(但し、後記措信しない部分を除く)および同西村二郎の各証言、ならびに原告日本シルク代表者本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く)を綜合すると次のような事実が認められる。すなわち、原告日本シルクは、昭和二一年四月資本金一九万五〇〇〇円で設立された株式会社であつて、その後、同年一一月に資本金を金一〇〇〇万円、次いで、昭和二三年に資本金を金三〇〇〇万円(発行株式数六〇万株)に各増資して来たところ、中沢が設立当初からその代表取締役であつた。
ところが、原告日本シルクにおいては、設立以来昭和二七年七月頃株式を公募するようになるまでの間に、正規の株主総会を開催したことはなく、右六〇万株の株式の全部もしくはほとんどを中沢が所有し、中沢の意思によつて営業の一切が運営され、取締役等の役員の選任も株主総会で決議されることはなく、すべて中沢の一存によつて決定されていた。
もつとも、本件の譲渡契約の締結された昭和二五年当時、原告日本シルクには、その役員十数名の者が二百株から五、〇〇〇株の株主として、便箋のような用紙に記載されており、かつ、株券も存在していた形跡があつたが、その株主とされている当の本人である荒井仙吉、小口英二、松村恵一、黒田寿、鈴木博平ら自身は、現実に株式の払込みをしたことはなく、更には中沢あるいは他の者から該株式を譲受けたこともなく、現に株券を所持した事実もない。
そして、本件の譲渡契約も、中沢が他の取締役らと事前に検討したり相談することなく、独断で被告銀行と折衝し、契約の原則的な合意が成立した後に一部の役員にその趣旨を伝えたにすぎず、その役員らも特に異議や反対の意見を述べることもなかつた。しかして、契約の成立後は、中沢の指図によつて、昭和二五年六月一五日と一六日両日にわたつて高崎工場、秋平工場、本庄工場等を円満に引渡し、その後も順次契約上の義務を履行し、爾来、被告銀行から右工場等を譲受けた三光蚕糸(被告埼玉繊維)がこれを基礎として製糸等の営業をして来たし、他方、原告日本シルクもなお数年の間、被告銀行(主として松山支店)から融資をえて松山工場での営業を継続し、本件の訴提起に至るまで約四年間、本件の譲渡契約につき被告銀行や被告埼玉繊維らに対しては何ら異議等を述べることがなかつた。
以上の事実が認定でき、証人平井利二および同小口英二の各証言ならびに原告日本シルク代表者本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、前掲の各証拠に照して信用せず、他に右認定を左右するような証拠はない。
如上認定の事実にかんがみると、本件の譲渡契約当時、原告日本シルクにおいては、株式会社としてのその意思決定およびその職務執行等につき、法定の方法を遵守していた形跡は全くなく、中沢が原告日本シルクを意のままに動かせうる支配的な地位にあり中沢寿以外の株主名簿上株主とされている者は全く形式上のものにすぎず、実質は中沢一人が全株式を所有していたものにほかならず、原告日本シルクの実体は中沢の個人企業であつたことを窺知するに難くないうえ、譲渡契約締結後も同人の意思のみにもとづいて契約は円満に履行され、本件訴を提起するまで、右契約の有効を前提とする事実上ならびに法律上の行為が約四年間に亘り形成されて来たのにその効力が問題とされることは内部においても外部においてもなかつたのである。かかる場合単に本件譲渡契約の当事者が中沢個人ではなく、株式会社である原告日本シルクであつたとの一事によつて直ちにその特別決議不存在を根拠に右契約の無効を主張することが軽々に許されるものとは考えられない。
むしろ原告日本シルクと中沢個人とは実質上同一人格に等しく、中沢個人とは別個の原告日本シルクの人格を考えるまでもないものというべく、原告日本シルクの名で締結された本件営業譲渡契約も中沢寿において契約したものに等しく、同人一人の意思決定以上に出るものではなく、右譲渡契約に関する同会社株主総会の特別決議は中沢寿一人の意思決定を以ておき代えることができると解してもさしつかえないものと考えられる。従つて本件営業譲渡契約は原告日本シルクの株主総会の特別決議を経ていないとしてもなお有効であると解するのが相当である。
五、次に、原告ら他の再抗弁(同3の(二)ないし(四))を判断する。
1 まず、原告らは、営業の譲受行為は被告銀行の目的の範囲外の行為であるから無効である、と主張するので検討する。
株式会社たる被告銀行は、定款所定の業務のみならず、その業務の遂行に必要なものも、その営業目的としてなしうることは明らかといえるが、別に銀行業務の公共性に基づき、本来の銀行業務およびその附随業務のほかは、銀行法第五条によつて、同条所定の業務以外の他の営業は一切禁止されているのであるから、被告銀行が製糸等の営業を営む目的で、原告日本シルクからその営業を譲受けたとするならば、それは、右法条が強行法規である点にかんがみ無効といわなければならない。
ところで、前挙示の各証拠(三の1)によれば、次のような事実が認められる。
原告日本シルクと被告銀行は、前示のように埼玉蚕業を設立し、原告日本シルクの再建と被告銀行の債権回収を図つたが、結局これが円滑を欠いたため、被告銀行は、昭和二五年二、三月頃になつて、原告日本シルクに対しその所有する高崎、秋平の両工場を売却し、その代金をもつて債務の弁済に入れるよう申し入れたが、右の各工場が予定した金額で売却できなかつたので、これを断念した。そこで、被告銀行は、同年四月初頃から、新会社を設立し、この新会社に原告日本シルクから右の両工場を買取らせ、製糸業を経営させることにし、この買取代金をもつて原告日本シルクの債務に内入弁済する案を立てて、これを原告日本シルクに申入れたところ、原告日本シルクは、右両工場のほかに本庄工場も提供するから、これら三工場の提供で原告日本シルクの全債務を帳消しして欲しいと申出たので、被告銀行は、原告日本シルクの債務履行の誠意を疑い、顧問弁護士の渡辺綱雄に依頼して、当時被告銀行が根抵当権の設定を受けていた原告日本シルク所有の松山、高崎、秋平の各工場および本庄工場の一部、原告橘館製糸所有の本庄工場の一部、原告日本服飾所有の万場、美原の各工場につき抵当権実行の準備を進めたが、抵当権の実行は、原告日本シルクおよび被告銀行の双方にとつて不利益であるということになつて、右両名の協議の結果、昭和二五年六月七日右工場のうち、松山工場を原告日本シルクに保留し、その余の各工場を被告銀行が原告日本シルクの当時における全債務の給付に代えて譲受けることにして、原告日本シルクがその所有する高崎、秋平の各工場および本庄工場の一部を被告銀行に譲渡するとともに、原告日本シルクが原告橘館製糸所をして、その所有の本庄工場の一部を、原告日本服飾をして、その所有の美原、万場の各工場を被告銀行に譲渡させる旨を骨子とする代物弁済契約を締結し、そして、同日原告橘館製糸所、同日本服飾は、その正当な代理権限を有していた原告日本シルクを通じて、右契約を承認した。
そして、被告銀行は、各原告から契約の履行を受けたが譲受けた各物件を同被告の財産台帳に記帳せず、また、原告日本シルクに対する債権も抹消する措置をとらずに、右工場中、高崎、秋平、本庄の各工場を代金一億四一〇〇万円で三光蚕糸(被告埼玉繊維)に、万場、美原の各工場を代金一七九一万三三六〇円五四銭で被告武州商事に各売却し、中間省略の方式で三光蚕糸と被告武州商事のために所有権移転登記と引渡をなすとともに、右両名に代金同額の金員を貸付けて、代金の支払をうけ、同年一〇月二三日に右支払を受けた代金を原告日本シルクの債務に充当したこととし、帳簿上、原告日本シルクに対する債権を抹消した。以上の事実が認められ、右認定に反する原告日本シルク代表者本人尋問の結果部分は、前記各証拠に照して採用せず、他に右認定を左右する証拠はない。
以上の認定事実から明らかなように、被告銀行において製糸業等を自ら営む目的で、前記の各工場を譲受けたのではなく、その真の目的は、原告日本シルクに対する債権の回収にあつたというべく、その債権回収の一方法として右の各工場を譲受ける形式を採用したとみるのが相当というべきであるから、これは、被告銀行の本来の銀行業務に附随した業務に含まれると解しうるのみでなく、銀行法第五条に違反する行為にも当らない。従つて、被告らの主張は、肯定できない。
2 そこで、原告らの錯誤もしくは詐欺の主張を考えるが、その前提として、原告らは、本件契約がなされた昭和二五年六月七日当時の被告銀行に対する原告日本シルクの債務が金二八二五万五三〇五円四五銭にすぎなかつたと主張するけれども、前示のとおり、当時原告日本シルクは、被告銀行に対し、少くとも金一億五九三五万五七六七円一八銭の債務を負担していたことが明らかであるから、右の前提自体理由がない(もつとも前示のとおり埼玉蚕業の損失金のうち金三六三万円の債権が後日一応回収されたと解され、結果的には右の金額の限度で齟齬を生じたとみられないではないが、これによつて直ちに右債務額が大きく変動するものとはいえず、本来原告の右債務額を変動させない約束がうかがわれること前示のとおりである)し、そもそも、原告日本シルクにおいては、当時少くとも一億四〇〇〇万円を超える債務を有することを知つていたことは、成立に争いない乙第六九号証と証人荒井仙吉の証言(第一回)および乙第一一号証によつて認められるから、原告らの右の各主張は、到底採用できない。
六、以上のとおり、原告ら所有の各物件の所有権は、昭和二五年六月七日本件の譲渡契約によつて有効に被告銀行に移転したのであるから、なお、右の各物件を原告らが所有していることを前提とする本訴の各請求は、理由のないことが明らかであり、従つて、原告らの各請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡田辰雄 渡辺卓哉 大沢巌)